その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、・・・ルカ16章23節

(ハデス)とは一体どんな所か。

「ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で、苦しくてたまりません」(ルカ:24)

短い一節だがこれだけでもそこが尋常でない場所であると分かる。

私たちが今いるこの世にはない所だと分かる。

 

数年前、こんな歌が流行った。私をお墓の中で探さないで下さい。

私は墓の中にはいません。千の風になって・・こんな歌詞だったと思う。

確かに人は死んだ後、お墓の中にいる訳ではない。まして風になるはずもない。更に言うなら死んだ者は悠長に歌なんて歌っていられない。

 

ハデスに落とされた金持ちを考えてもらいたい。彼は朗々と歌っている環境だったか。

これは他人ごとではない。人は何もしなければ皆同じ所に行くと聖書は教える。「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」(ヘブル9:27)

「すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず」(ローマ3:23)

 

愛の神様は罪人の私たちに救いの道を備えられた。

「ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、値なしに義と認められるのです。神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。

それは、ご自身の義を現すためです。

というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐を持って見のがして来られたからです

それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです(ローマ書3:24〜26)

 

 

あなたも、ぜひ、イエス・キリスト様をご自分の罪からの救い主として信じ、永遠の命を受けて下さい。

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