2015年6月

群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。 マタイ9章36節

イエス様のまわりには大ぜいの人が集まっていた。

 

それには訳がある。

『イエスは、すべての町や村を巡って,会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直された』(マタイ9:35)とあるからだ。

 

人々はイエス様のうわさを聞きつけ方々から集まって来た。

『イエスのうわさはシリヤ全体に広まった。

それで、人々は、さまざまの病気と痛みに苦しむ病人、悪霊につかれた人、てんかん持ちや、中風の者などをみな、みもとに連れて来た。

 

イエスは彼らをお直しになった。

こうしてガリラヤ、デカポリス、エレム、ユダヤおよびヨルダンの向こう岸から大ぜいの群衆がイエスにつき従った』(マタイ4:25)

 

イエス様は病気やわずらいを只でお直しなさったと言う。

しかも治らない病気はひとつもなかった。

人が集まって来た理由が分かる。もしイエス様が今の私たちの時代にいらっしゃったらどうだろう。

 

現代は聖書が書かれた時代とは全く社会が違う。

世界が違う。医学も医療も制度も時代は比べものにならないくらい良くなった。

 

だからもしイエス様がこの時代においでになったとしても大騒ぎにはならない。・・・

 

本当だろうか。

 どこかの国の大金持ちはイエス様に言うだろう。

「欲しいだけ金をやる。うちへ来て私の主治医にならないか」

また学者たちは「我が大学の教授にお迎えします。

研究費なら存分に使ってください」と。

 

またどこかの暴君は将軍に言うだろう軍を出して「何が何でもイエスを奪って来い」たちまちこの世界は戦争が始まるだろう。

 

『何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。

あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。

あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。

うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。

あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。』(ヤコブ4:1.2)

 

そうした私たちを見てイエス様はやっぱり思われるのだ.

 

た、群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。』(マタイ9:36)

 

 『「そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。』(ルカ23:34)

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